高血圧診療についての考え方
高血圧の診療ガイド - 患者さん向け
高血圧とは
高血圧は、血管内の圧力(血圧)が継続的に高い状態を指します。通常、収縮期血圧(上の血圧)が140mmHg以上、または拡張期血圧(下の血圧)が90mmHg以上が高血圧と診断されます。高血圧は「サイレントキラー」とも呼ばれ、多くの場合、症状がないまま心臓病や脳卒中などの深刻な健康問題を引き起こす可能性があります。
血圧の分類
- 正常血圧: 収縮期血圧120mmHg未満かつ拡張期血圧80mmHg未満
- 正常高値血圧: 収縮期血圧120〜139mmHgまたは拡張期血圧80〜89mmHg
- 高血圧: 収縮期血圧140mmHg以上または拡張期血圧90mmHg以上
高血圧の診断
- 血圧測定: 診断には、複数回の血圧測定が必要です。病院での測定だけでなく、家庭での血圧測定も重要です
- 問診: 生活習慣(食事、運動、飲酒)、家族歴、既往歴、腎臓外傷の有無などについて詳しくお聞きします
- 身体検査: 医師が心臓や肺などのほかに血管雑音の有無、血圧の左右差、上下肢差についても診察します
- 検査: 血液検査、尿検査、心電図などを行い、腎臓や心臓の状態を確認します
高血圧の成因の評価
- 一次性高血圧(本態性高血圧): 明確な原因が特定できない高血圧で、全体の90%以上を占めます。遺伝的要因と環境要因(食塩摂取、肥満など)が複合的に関与しています
- 二次性高血圧: 特定の疾患や状態が原因で起こる高血圧で、手術などの治療で血圧を下げられる可能性があります
- 二次性高血圧を調べるために、血液検査、MRI、CTなどの検査を行います
高血圧による臓器合併症の評価
- 高血圧が長期間続くと、心臓肥大、腎機能障害、動脈硬化など様々な臓器障害を引き起こすことがあります
- これらの臓器合併症の程度を評価するために、血液検査、尿検査、心電図、胸部レントゲン、心エコー検査などを行います
- 臓器合併症の有無や程度は、治療方針の決定や予後の予測に重要な情報となります
高血圧以外の心脳血管障害リスク因子の評価
- 高血圧だけでなく、他の動脈硬化や心脳血管障害を引き起こす危険因子についても評価します
- 尿検査や血液検査を通じて、以下のような危険因子を評価します:
- 脂質異常症(コレステロール値、中性脂肪など)
- 糖尿病(血糖値、HbA1cなど)
- 腎機能障害(クレアチニン、尿蛋白など)
- 尿酸値の異常(痛風のリスク)
- これらの検査結果は、総合的な心血管リスク評価に役立ち、高血圧治療と併せて必要な治療方針を決定するために重要です
血圧値の評価
外来血圧(診療所で測定)
- 初診時の血圧は緊張などにより高くなることが多いです
- 初診時血圧が200/100mmHgあっても、2回目には160/、3回目には140/となることも珍しくありません
- 高血圧緊急症(心不全、動脈解離、狭心症などを伴う状態)でない限り、すぐに薬を開始せず、ベースラインの血圧値を知ることが重要です
- 通常、無投薬で4~5回受診していただき、3~5回目の受診時の血圧値を治療前の外来血圧値とします
- 初診時の高い血圧値だけで急いで治療を始めると、高血圧を過大評価し過剰治療につながることがあります
家庭血圧
- 初診から3~5回の外来受診期間中に、家庭血圧を測定記録します
- 朝食前、夕食後にそれぞれ連続して2回測定し、脈拍とともに家庭血圧手帳に記録します
- 一般的に外来血圧のほうが家庭血圧より10~50mmHg程度高くなることが多いです
- これは「白衣現象」「白衣効果」と呼ばれ、医師の白衣を見て緊張して血圧が上昇することが関係しています
- 外来では150~170/であるのに、家庭では110~120/程度の人も少なくなく、「白衣高血圧」と呼ばれています
- 精神安定剤を服用しても白衣現象は改善しないことがわかりました
家庭血圧計の選択
- 家庭血圧計には上腕で測定するタイプ、前腕で測定するタイプ、指やスマートウォッチで測定するタイプなどがあります
- 厚労省の班研究(高血圧専門医、大学教授、メーカーによる共同研究)で、上腕での測定が最も信頼性が高いことを確認しました
- 家庭血圧計を購入する際は、上腕測定タイプの機器が推奨されます
外来血圧と家庭血圧の臨床的意義
- 臨床研究によると、家庭血圧は高血圧の合併症(心臓肥大など)との相関が強いことが示されています
- 無投薬の患者さん約100人を対象に、心臓肥大の程度と血圧値の関係を調査した結果、家庭血圧値が高くなると心臓重量が増大する傾向が見られました
- 一方、外来血圧が170-200/と高値でも、必ずしも心臓肥大の合併症を伴っていないこともよく見られます
- 同様に、24時間血圧と外来血圧を高血圧臓器合併症との関連で比較した研究でも、外来血圧よりも24時間血圧の方がはるかに強い相関が認められています
- しかし、外来血圧が無意味というわけではありません。高血圧治療による脳卒中や心不全などへの有用性は、外来血圧に基づく大規模研究データで証明されています
- 理想的には、外来血圧と家庭血圧の両方を総合的に評価し、治療方針を決定することが望ましいでしょう
臓器障害の有無と治療方針
- 外来血圧が170-200/と高値であっても、心電図や心エコー図で心臓肥大が見られない場合は、重症の高血圧が持続していたとは考えにくいと判断できます
- 反対に、同程度の高い外来血圧で心臓肥大が認められる場合は、重症高血圧が長期間持続していたと考えられます
- このため、初診時の血圧が高くても心臓肥大などの臓器障害が見られない場合には、すぐに薬物治療を開始せず、無投薬で外来血圧と家庭血圧を継続測定することが適切な場合があります
- 臓器障害の有無を確認することで、単なる「白衣高血圧」の場合には過剰な治療を避けながら必要な治療を適切に行うことができます
治療方法
1. 非薬物療法(生活習慣の改善)
以下の生活習慣の改善は科学的に降圧効果が認められています:
減塩(1日の塩分摂取量を6g未満に)
具体的な減塩のポイント:
- 漬物、梅干し、塩辛などの塩蔵品は控えめにしましょう
- 加工食品・インスタント食品・レトルト食品(ハム、ソーセージ、練り製品など)は塩分が多いため注意
- みそ汁やスープは具沢山にして、汁は全部飲まないようにしましょう
- 麺類の汁は飲まないようにしましょう
- 調味料(醤油、ソース)はかけずに「つける」程度にしましょう
- 外食時は薄味のメニューを選ぶ、または調味料を控えめにするよう依頼しましょう
- 料理の味付けには、香辛料、酢、レモン汁などを利用し、塩分に頼らない工夫をしましょう
- 循環器病センターの「かるしおレシピ」減塩の食事 ncvc.go.jp/karushio/recipes/book/ は参考になります
アルコール制限
具体的な適量の目安:
- ビール:350ml缶1本まで(男性)、半分程度(女性)
- 日本酒:1合(180ml)まで(男性)、0.5合程度(女性)
- ワイン:グラス2杯(200ml)まで(男性)、1杯程度(女性)
- 焼酎(25度):グラス1杯(100ml)まで(男性)、半分程度(女性)
- ウイスキー:ダブル1杯(60ml)まで(男性)、シングル1杯程度(女性)
- 週に2日以上の休肝日を設けることも重要です
運動(週に合計150分以上の有酸素運動)
中高年の方向けの具体的な運動例:
- ウォーキング:1日30分、週5日程度。足腰に負担の少ない平らな道を選びましょう
- 水中歩行・水泳:関節への負担が少なく、高齢者にも適しています
- 自転車(固定式エアロバイクも可):20~30分、週3~4回程度
- ラジオ体操やストレッチ:毎日10~15分程度
- 家事(掃除、庭仕事など)も適度な運動になります
- 運動前後の水分補給を忘れずに行いましょう
- 息が上がりすぎず、会話ができる程度の強度が適切です
減量(適正体重の維持)
- 適正体重の目安:BMI 22(体重(kg)÷身長(m)÷身長(m))
- 中高年の方は急激な減量は避け、3~6ヶ月かけてゆっくりと体重を減らしましょう
- 食事は腹八分目を心がけ、夕食は就寝3時間前までに済ませましょう
- 間食は果物や低塩のナッツ類など、健康的な選択をしましょう
- 糖分の多い清涼飲料水は控えましょう
ストレス管理
- 趣味や軽い運動、深呼吸、瞑想などでリラックスする時間を持ちましょう
- 十分な睡眠(6~8時間)を確保しましょう
- 入浴はぬるめのお湯(38~40度)でゆっくりとリラックスしましょう
2. 薬物療法
治療の目的
- 血圧を下げることで脳卒中、心臓病、腎臓病の発症を予防する
- 既に病気がある場合は、その進展を抑制する
生活習慣の改善だけでは血圧が下がらない場合や、リスクが高い場合には薬物療法が必要になります。
降圧薬の選択
降圧薬の種類により、血圧を下げるだけでなく特定の臓器保護作用が期待できます。以下のような合併症がある場合は、それぞれに適した薬剤を選択します:
- 腎臓病合併時
- 糖尿病合併時
- 不整脈合併時
- 狭心症合併時
主な高血圧治療薬
- カルシウム拮抗薬: 血管を拡張させる薬
- ARB(アンジオテンシンII受容体拮抗薬): 血管の収縮を抑える薬
- ACE阻害薬: 血管の収縮を抑える薬
- 利尿薬: 体内の余分な水分と塩分を排出する薬
- β遮断薬: 心拍数を下げる薬
- α遮断薬:早朝高血圧の治療に用います 前立腺肥大を合併している時には尿が出やすくなるでしょう
- その他:ARNI, α・β遮断薬など
通院と自己管理
- 定期的な受診: 医師の指示に従って定期的に通院しましょう
- 家庭血圧測定: 毎日決まった時間に血圧を測定し記録しましょう
- 服薬管理: 処方された薬は指示通りに服用しましょう
- 生活習慣の継続: 改善した生活習慣を長期間維持しましょう
合併症の予防
高血圧は以下のような合併症を引き起こすリスクがあります:
- 心筋梗塞
- 脳卒中
- 心不全
- 腎不全
- 動脈硬化
血圧を適切にコントロールすることで、これらの合併症のリスクを大幅に減らすことができます。
医師に相談すべき状況(高血圧緊急症)
基本的には高血圧では症状は出現しませんが、子供で普段は血圧が100/ 以下なのに腎炎になり急に200/ 以上に上昇した場合には頭痛などが生じることがあります
狭心症や心不全がもともとあると急激な血圧上昇を伴って症状が悪化し、生命の危険を伴うこともあります
大動脈解離、大動脈の切迫破裂などは緊急に降圧の必要があります(急激な胸痛、背部痛など)
脳卒中を発症して高くなることもあります
最近はめったに見なくなりましたが悪性高血圧と言って200/150位が持続して腎臓の機能が急激に失われ、眼底出血などがみられ、頭痛を伴うこともあります
まとめ
高血圧の治療は、生活習慣の改善と必要に応じた薬物療法を組み合わせて行います。適切な治療を続けることで、合併症のリスクを下げ、健康的な生活を送ることができます。疑問や不安がある場合は、遠慮なく相談してください